夜明けの雲海を見下ろして:霧に包まれたコリ国立公園の秋の日の出
あまりに美しい風景を前に、消えてしまうのではないかと不安になり、ただ走って見に行かずにはいられなかった。そんな朝の、小さな物語。 コリの山頂に建つホテルのレストランと朝食ルームからは、ピエリネン湖を一望できる。いつ訪れても見事な場所だが、あの10月の朝、目の前の景色に私は思わず立ち止まった。心を奪われた私たちは朝食どころではなく、そのままロビーのバルコニーへと引き寄せられていった。 言葉を失ったまま、私はピエリネン湖を見つめた。湖はパン生地のように厚くふっくらとした霧の毛布に、ほとんどすっかり覆われていた。フィンランド有数の大きな湖があるはずの場所に、雲海が広がっていたのだ。飛行機の窓から、あるいは高い山の頂で、ふと雲が足元にあることに気づくあの感覚を、どこか思い出させた。空気はしんと静まり返り、太陽が昇りはじめていた。この瞬間に立ち会えた幸運に、胸がいっぱいになった。 結局、朝食の席にはついた。けれど心の中で声が叫び続け、コーヒーもトーストも味わうどころではなかった。もちろん窓越しにも景色は見える。それでも、コリの山頂がほんのひと走りの距離にあること、そしてこの朝のひとときが長くは続かないことを、私は知っていた。幸い今回は幼い子どもの見守りを交代で引き受けることができ、私は席を飛び出すことを許された。コーヒーは飲みかけのまま、朝食も食べかけのまま。でも、朝日が呼んでいるときに、パンくずの少しくらい何だというのだろう。 ほとんど駆け足で部屋に戻り、厚手のトップスとアウトドアジャケットをつかんだ。時間を惜しんで、靴は底の平らなスニーカーで済ませることにした。コリの階段を、大股で、跳ねるように、ほとんど走るようにして、精いっぱいの速さで上っていった。息が切れていたのは全力疾走のせいでもあり、目の前に開けていく景色のせいでもあった。 もちろん写真もたくさん撮った。その証拠は、この記事に添えてある。けれど、ただじっと眺めるための時間もつくった。高みから、湖面を漂う霧を見つめた。霧がマトセット島、イソ・ヘロ島、イソ・コルッピ島を、代わる代わる見せては隠していく様子を。不思議なほど静かなのに、ほんのかすかに息づいている様子を。太陽は昇り、空を染めていった。ピエリネン湖は隠れたままで、私はその景色の美しさを全身で味わった。 日の出や夕日をわざわざ追いかける価値が本当にあるのか、正直なところ私にはわからない。でも、これほど美しいものを目にする機会が訪れたなら、それを見送る理由はひとつも思いつかない。 – カロリーナ/Karoliina 前の晩から、その予感はあった。 夕暮れとともに満月が空に昇り、野原や谷のくぼみには、淡く謎めいた霧がたなびきはじめていた。まるで夜の帳の下で、静かで目に見えない祝宴の支度が進められているかのようだった。朝食に下りていく頃には、風景はもう十分にその姿をのぞかせていて、彼女の目には落ち着かない、わくわくした輝きが宿っていた。 私は幼い子どもと一緒にテーブルに残った。手元には、ティーコーナーからこっそり拝借した大きなマグカップの中で冷めていくコーヒー。彼女はいつか、ただ見てみたいという理由だけで、コリで日の出を見たいと話していたことがあった。私は言った。行っておいで。そして思った。ほら、今まさに、あそこにある。 残りのコーヒーを飲み干し、子どもを抱き上げ、パンをひと切れポケットに滑り込ませた。私も見たかったのだ。こうして二人で、山頂へと向かった。 霧の海から、島々が浮かび上がっていた。いちばん手前には湖そのものの島々、その向こうには、この地方のなだらかな森の丘の頂。けれどあの朝、それらは丘などではなく、その瞬間まで私が呼び名を持たなかったものになっていた。雲の島だ。黒々として、輪郭はトウヒの梢でぎざぎざに縁取られ、その岸辺では霧があまりに静かに横たわり、さざ波ひとつ立っていなかった。 分別のある人なら、霧に裾を隠された丘の頂にすぎないと言うだろう。もちろん、その人は正しい。そしてまさにそれゆえに、こんな光景を目にすることはない。分別のある人は、眠っているか、効率よく過ごしているのだから。 雲の島が現れるのは、光が低く差し込み、風がなく、時が満ちたときだけだ。けれどそのとき、雲の島は確かに存在する。ボートを漕いで上陸できるどんな島とも同じくらい、確かに。霧はゆっくりと動き、見慣れた岸辺を別の岸辺へと作り変えていった。島々は実際よりも大きく、黒く見えた。霧が引いてはじめて、影の描いた絵を目がどれほどたやすく信じていたかに気づかされる。人もまた、同じなのかもしれない。ときに私たちは、自分自身の霧越しに何かを長く見つめすぎて、やがてそれが歪んだ像となり、真実だと思い込んでしまう。そんなとき、もう一度見つめ直すには静かな勇気がいる。見つめる者自身をも映し出す、穏やかな湖面をのぞき込むように。もしかすると、その影は自分自身のものだったのかもしれない。恐れが、もともとそこになかった形を風景に描き込んでいただけで、本当のものは霧の向こうで、ずっと変わらぬ場所で待っていたのかもしれない。 低い太陽が、あたり一面を黄金色に染めていた。穏やかで、あまりに静かで、触れれば壊れてしまいそうなほど繊細な瞬間だった。霧のたまりの合間に、ところどころ湖面が明るくのぞいていた。霧も、湖も、朝の光も、どれも見たことのあるものだった。けれど、それらが重なり合うと、まったく新しい何かになった。見慣れたものとは、そういうものだ。知っているつもりで眺めていても、光が変われば違って見える。あるいは、変わったのはそれらではないのかもしれない。変わったのは、見つめる側なのかもしれない。 どの朝も、目にできるのはただ一度きり。この朝もそうだ。夜が呼び寄せた霧の魔法を、日の出の黄金の光が解いていく。燃えるような紅葉から、そして湖の面から、その魔法をそっと持ち上げていく。だから私は言ったのだ。行っておいで、と。 – アンッティ/Antti 文・写真:カロリーナ・カスキ(Karoliina Kaski)、アンッティ・フットゥネン(Antti Huttunen) この記事は、AI(人工知能)を活用してフィンランド語から翻訳したものです。翻訳には誤りが含まれている可能性がありますので、あらかじめご了承ください。 あわせて読みたい Finland, Naturally Experiences:コリ フィンランド屈指の冬の絶景がここに。コリの「雪の巨人」たちが待つ魔法の世界へ、足を踏み入れてみませんか? 東フィンランド・コリの山頂をめぐる、気軽に歩ける絶景スノーシューコース コリ国立公園

